璧を完うす(へきをまっとうす) 別館

日本人の良き精神、大和魂という璧(宝物)を損なうことなく次の世代へ完うしたい!そんな願いを込めたブログです。

東電だけが悪いのか

福島第一原発の事故に対して、東京電力に激しい非難が集中している。 地震の発生から現在までの東電の対応を非難されてしかるべきであり、そこに異論はない。 しかし、非難されるべきは東電だけなのだろうか? 原子力発電所経済産業省の管轄になる。 そこの大臣が東電役員の報酬を暴露して、世間の東電への批判を煽るようなことをするのは、どう考えても批判の矛先を東電に向けさせようとしているとしか思えない。 → 東電会長・社長の報酬7200万円 経産相「驚いた」 朝日新聞 経済産業省原子力保安院は、原発の建設や運用に対して許認可を行ってきている。 それに従って原発の建設・運営をしてきた東電に、事故後はともかく事故前の責任をそれほど問えるだろうか? 事故の補償に関しても、原子力損害賠償法第3条には

第3条 原子炉の運転等の際、当該原子炉の運転等により原子力損害を与えたときは、当該原子炉の運転等に係る原子力事業者がその損害を賠償する責めに任ずる。ただし、その損害が異常に巨大な天災地変又は社会的動乱によつて生じたものであるときは、この限りでない。

とあり、この但し書きは素直に読めば、今回の震災に当てはまる。 なぜか弁護士出身の枝野官房長官は認めなかったようだが。 → 東電賠償巡り、与謝野氏と枝野氏がバトル 読売新聞 東電の役員報酬やボーナスはカットでいいとは思う。 しかし、不思議なのは経産省保安院、ひいては推進してきた政治家の給与や歳費が問題になることが非常に少ないことだ。 全国家公務員の給与を10%引き下げる、菅総理が首相歳費を返上する、このくらいだ。 国が作った枠組みで原発を作り運営してきたのに、枠組み以上の災害が起きた時、責任を運営企業にのみ負わせるのは、公正を欠いているのではないだろうか? 東電が起した様々なミスや隠蔽は、それについて責任を問われるべきであるし、監督官庁もその基準作りに誤謬があったのだから同様に責任を問われるべきだ。 そしてそれ以外の要素、想像を超える天災が引き起こした事象は、どこにも責任を問えるものではない。 今の日本は、全てを東電の責任にして、天災という向けるところのない鬱憤を晴らしているように思える。 それでは何も解決しない。 人智を超える出来事に対して、人は、企業・社会・行政は、国は、どう対処していくべきなのか。 我々が求めなければならないのは“生贄”ではなく、“生きる希望”のはずだ。 人気ブログランキングへ 人気ブログランキングへ