璧を完うす(へきをまっとうす) 別館

日本人の良き精神、大和魂という璧(宝物)を損なうことなく次の世代へ完うしたい!そんな願いを込めたブログです。

マゾですか?

以下朝鮮日報から引用
日本の市民団体、韓国で「壬辰倭乱」反省集会を開催  日本の市民団体「No More! 倭乱 in 鎮海」実行委員会(犬養光博委員長)の会員36人が26日午後、慶尚南道鎮海市熊川洞「文化の家」で壬辰倭乱(文禄・慶長の役)での日本軍の蛮行を反省する集会を開き、注目を集めた。  この日の集会で、歴史学者の川本良明氏(63)は「もしも当時、豊臣秀吉朝鮮侵略を反省していたならば、近代日本の侵略史はなかっただろう。 (日本が反省をしなかった結果)1910年に朝鮮を併合した後、武断政治で膨大な土地を略奪し、非暴力かつ正当な行動である3・1運動に対しても民族抹殺を目的とした恥ずべき弾圧を強行した」と主張した。  また、川本氏は「隣国と正常な関係を築くためには、こうした歴史の事実を探り出し、それを認め、その根本までさかのぼって謝罪すること以外に方法がない。亡国は外国の侵略以前に、国内の道義の崩壊によってもたらされることを歴史は証明している」と強調した。  この「No More! 倭乱」実行委員会は、豊臣秀吉朝鮮侵略400年目に当たる1992年に発足し、日本で初めて壬辰倭乱での朝鮮侵略に対する抗議と反省の集会を開催した団体。現在も九州・佐賀県名護屋城で毎年集会を開いている。  2000年からは400年前の侵略はもちろん、近代の侵略をも心から謝罪し、正しい歴史認識を求めるため、韓国の釜山、晋州、宜寧、蔚山、麗水、大邱などで集会を行っている。  特に今年は、日露戦争後、日本がアジアの戦略要衝地として開発し、日本軍の要塞(ようさい)司令部が置かれた鎮海を集会の開催地に選び、日本の侵略戦争を謙虚に反省する姿を見せ、注目を集めた。  この日の集会には壬辰倭乱の際、日本軍の加藤清正の部将として参戦し、朝鮮に投降した沙也可の14代目に当たる大邱市在住の金在徳(キム・ジェドク)氏(84)が招待され、帰化人の子孫として当時の祖先の足跡を説明した。  沙也可は壬辰倭乱当時、3000人の倭軍の部下らとともに投降し、火縄銃や大砲の技術を朝鮮に普及した人物。戦後、宣祖(ソンジョ、当時の王)から金忠善(キム・チュンソン)の名を下賜され、従二品の位を授けられた。その後、イ・グァルの乱平定などの功績により正二品にまで上りつめた。  一方この団体の会員らは、北九州小倉の韓国人教会で牧師を務める朱文洪(チュ・ムンホン)氏と鎮海熊川郷土文化研究会の黄正徳(ファン・ジョンドク)会長の案内で、午前中に鎮海市安骨洞の倭城を見学、集会を開いた後に海軍士官学校などを訪問した。
以上引用終り なんだこれ?自作自演? 日本の市民団体が自ら倭乱とかつけるかね?“倭”は蔑称なのに。 そんな400年以上も前の中世の話をされてもね。だいたい秀吉は朝鮮なんぞ眼中になくて、明に行くのに通らせろ!って言っただけじゃん。日本を馬鹿にして拒否したから戦争になったんでしょうが。 >根本までさかのぼって謝罪すること以外に方法がない。 頭が痛くなってきた… 何でそんなに謝りたいのか?また謝らせたいのか? 弱肉強食の時代に、弱くて負けたのに、謝罪なんかされて恥ずかしくないのかね。 スポーツで日本が朝鮮に勝って「勝ってすいません」って謝罪されるのと大してかわらんだろ。 本物のプライド持ってたらこんな謝罪お断りするぜ。