璧を完うす(へきをまっとうす) 別館

日本人の良き精神、大和魂という璧(宝物)を損なうことなく次の世代へ完うしたい!そんな願いを込めたブログです。

毅然とそして敢然と!

以下東海新報社コラム「世迷言」より引用

2008年03月12日付  いまの日本に最も欠けているものは「毅然」という言葉とその様相を示す態度でなかろうか。同時に「敢然」も雲散霧消してしまっている。これらを抜きにして「国家の品格」など求めようもない。政治家がこのことに気付かないと日本は魂を失った三等国になりさがる。 ▼たとえば東シナ海のガス田開発問題だ。中国の詭計に乗らぬようにするため日本側は小泉、安倍両首相時代にこれを試掘しようと計画したが、福田首相はダンマリを決め込んでしまった。閣内や与党内の「媚中派」もこれに同調、いまや「さわらぬ神にたたりなし」の雰囲気が列島に弥漫している。 ▼そんな中国にのこのこ出かけて追従笑いを振りまいているのだから、これは相手が図に乗らぬはずがない。中国製冷凍食品の中毒事件に対する中国当局の態度にもそれが見事に表れている。あの不遜な態度に対して「非常に前向き」と“評価”している御仁がいて、それが他ならぬ首相だというのはもはや隷従そのものだ。 ▼日本の調査捕鯨船にあらゆる限りの過激な妨害行為を、それも執拗に繰り返す米環境保護団体に対しても日本側は打つ手を持たなかった。あまりの情けなさにこちらもつい過激となり「体当たりして撃沈してしまえ」と叫んでいたが、やっと警告弾を打ち込んで「撃退」したのはむしろ遅すぎた。 ▼それもこれも「毅然たる態度」を欠いた政権の事なかれ主義が招いた結果であり、これはとても友好などと呼べるものではない。まずは国益ありきであり、そのためには時に敢然と立ち向かう必要がある。しかしながらその勇気も覇気も持ち合わせぬために、相手からなめられる。いやすっかりなめ切られている。経済的にはともかくいまやこの国は「精神的最貧国」への途上にある。


以上引用終わり 「東海新報社」は岩手県の地域新聞だが、コラム「世迷言」は僭越ながら非常にクオリティが高い。 北國新聞と並んで日本有数のコラムだと思っている。 さて、今回引用させていただいたのは3月12日付のものだが、内容の小気味よさに喝采するとともに、日本の現状に暗澹たる気持ちにならざる得ない。 明治の気骨などと言い表された日本人の高い精神性は失われたのだろうか? 謙虚で融和的なのは日本人の特性だが、同時に一本筋の通った揺るがない信念のようなものも併せて持ち合わせていたのがかつての日本人。 今はその背骨が失われ、残った謙虚さ、譲り合いの精神だけが発揮?されている。 日本人同士ならそれでもうまくいくだろうが、対外的にはこの謙虚さは卑屈ととられ、弱腰とバカにされるだけだ。 日本人のそうした一歩引く姿勢は好きだが、人として国として譲ってはいけないものがある。 フェア、ルール、正義、領土、誇りなどだ。 こうしたものも簡単に明け渡してしまう国は尊敬を得られない。 日本人同士なら譲り合うことが問題解決への近道かもしれないが、外国とは罵倒しあうほど争って初めて真の理解と合意が得られる。 どこかの国や団体のような醜い自己主張は、日本人にはしてほしくないが、美しい、日本らしい、静かにして揺るがない「毅然たる」態度を示してほしい。 白刃を構えて立ち会うスキのない侍のように。